やっぱりさみしいよね、みんな、っていう。


前の続きと言うか。雑感。


「ベストセラーしか売れない」って嘆いても、いや売れるからベストセラーなんだよとしか答えようがないわけで。
そもそも「ベストセラーしか売れない」と嘆きつつ、実際に問題にしているのは「なんでそんなくだらないものだけが売れて俺が大好きな素晴らしいアレは売れないんだ」ということじゃないかと。
その気持ちはわからなくもないが、そんなの昔からずっと同じでしょ。別に○○○○が史上初の「こんなにくだらないのにヒットしちゃった作品」ってわけでもないだろうに。○○○○は映画でも音楽でも本でも何でも可。


「ベストセラーが売れる」理由のひとつとして、「多くの人が買った」=「多くの人が楽しんだ」=「自分も楽しめる可能性が高い」から安心してお金を払いやすくなる。というのがある。
ブログやSNSのクチコミなんかを宣伝に利用するのも似たようなもの。
一方で、従来のプロモーションの方法論は力を失っている。特に音楽の世界では。月9のタイアップでミリオン、なんて過去の話。しないよりはマシだが、一昔前に比べるとそのパワーは凋落著しい。
逆にいまだに強いのが、店頭プロモーション。特に手書きポップの威力。一部書店やヴィレヴァンでお馴染みだが、レコ屋でも手書きポップの宣伝力は高い。
これもブログやSNSのクチコミと同じ。
消費者は、店員はレコード会社の人間ではないのでより中立的で公平だと考え、その言葉を信じるわけです。まあ、レコ屋の店員と言えば、音楽好きのバイトにいちゃん。ある意味ではその見方は正しい。のだけど、でも店頭にも多額の広告費販促費が支払われているし、協賛金(まあ、わかりやすくいうと場所代ですね)という形でもお金は落ちている。
音楽雑誌だともうその辺あからさま過ぎて見抜かれちゃうんだけど、レコ屋のポップにはまだ多少のピュアさが残っているんだよね。雑誌よりは。だから人は信じる。手書きだし。


話を戻すと、「ベストセラーしか売れない」のは、広告なんてうそ臭いよなどうせ金だろ金と日本国民のリテラシーが上がったから。
ではなく、たぶん、財布に余裕がない。あるいは他にも欲しい物がたくさんある。ので、よりシビアに吟味したい。のだけど、何を信じればいいんでしょ。でもこれはみんな楽しんでるっぽいね、「みんな」にはきっと俺も含まれるよね。ってことで、とりあえずベストセラーを買うと。


もうひとつ「ベストセラーしか売れない」理由。
そもそも、人の消費行動を左右する要素として、その商品自体の効用とは別に、「アイデンティティ」と「コミュニケーション」というのがあるような気がする。
アイデンティティ」っていうのは、つまり「あたしって椎名林檎とか聞いちゃう人なんです」ってやつで、「コミュニケーション」というのは「椎名林檎っていいよねー私も好き好き」ってやつ。
ちなみにV系ゴスロリの女の子らなんかを見てるとその辺よく分かる。たぶん。知らないけど。
でもって、現在はもはや自分探しの時代でもなかろうってわけで、「コミュニケーション」の方が影響力が強い。
ベストセラーが売れるのは、その作品を通じてより多くの人とコミュニケーションをとりうる可能性があるからでもある。だってさみしいじゃん、みんな、っていう。


で、最初に戻る。
「なんでそんなくだらないものだけが売れて俺が大好きな素晴らしいアレは売れないんだ」っていうのは、要は俺ってすごいでしょっていうね。
だから大衆が「俺が大好きな素晴らしいアレ」を興味を持ち始めると、反発し始めるんだな。「アイデンティティ」に絡むだけに。
ただそんな目新しくもないスノッブな嘆きが、いま、以前にも増して切なく響くとしたら、そんな「俺」がどんどん少なくなっているからかなー。
つまり「アイデンティティ」をモチベーションに消費行動に走る人間が少なくなった、と。
濃密な集団の中で自分を探してた時代とは異なり、最初からひとりぼっちなので。やっぱりさみしいよね、みんな、っていう。