レコード会社は本当になくなるか? ―マドンナやレディオヘッドの件


今日のお題「そして壁は崩れはじめた―マドンナ、レコード業界を捨てる」


マドンナがレコード業界を捨てた、と話題になっている。
ワーナーとの契約を更新しないことに決めたそうだ。
ちょっと前には、ナイン・インチ・ネイルズもレーベルを離れ、作品を直接一般に公開することにしたと話題になった。
プリンスは、新作を新聞のオマケにして配布し、レディオヘッドも新作はウェブサイトで公開し、パッケージも直接ユーザーに販売している。


一見いかにも「レコード業界の危機」的な話に見えがちだが、実はそれほど大した話ではない


元々レコード会社の仕事とは中間業務だ
アーティストの作った音楽を、製造し、宣伝し、卸す。
代理店、あるいは卸し問屋的なそんな感じ。
そして代理店や問屋を通せば、当然、マージンがひかれる
ナイン・インチ・ネイルズレディオヘッドが作品を直販するのは、つまりマージンをなくし、利益の総取りをするためだ。


ただし、もちろん、レコード会社が取るマージン、すなわちアーティストが作った音楽を売ってレコード会社が得る利益は、理不尽な搾取ではない。
それは、製造や宣伝、流通などにまつわる様々なコストやリスクへの対価だ。


ナイン・インチ・ネイルズレディオヘッドが直販できるのは、つまりマージンを支払って製造や宣伝や流通をしてもらう必要がないからだ
なぜなら彼らはすべて自分で出来るから
宣伝をわざわざレコード会社してもらう必要はない。彼らビッグネームは大して積極的に情報を発信しなくても、世界中から勝手に何十万何百万もの人々がサイトを訪れてくれる
製造リスクを負うだけの資金も十分ある。というより、レディオヘッドはパッケージ販売を受注生産にすることによって製造リスクすらなくした。ダウンロードとパッケージの受注生産で在庫リスクも負わず、流通コストも最小限に抑えられる
通常の小売店では手に入りづらくなり、レコード会社を通してリリースするよりもセールスは減るかもしれない。
が、マージンをとられない分、結果的にアーティストの取り分は大きくなる


もちろん、どんなアーティストでもそれが出来るわけではない。
既に十分な、そしてコアなファン(メディアからの情報量によって行動を左右される浮動層ではなく)からの確固たる支持があり、資金が潤沢にあることが条件だ。
ナイン・インチ・ネイルズレディオヘッドだからこそ、出来ることだ。


ちなみに、程度や形態の違いはあれ、同じような発想はこれまでもたくさんあった。
ビートルズは自分達のレコード会社アップル・レコードを作ったし、日本でもミュージシャンたちがフォーライフを作ったりした。
ジャニーズ事務所が、ジャニーズ・エンターテイメントというレコード会社を作ったりというのも同じだろう。


プリンスの場合も同様だ。
無償配布といえば聞こえはいいが、要は新聞社に作品を全部買い取らせたわけだ。
無償配布であるから、やはり在庫リスクはない。宣伝の必要もない。
レコード店で、財布の紐のかたい消費者を一生懸命振り向かせようと努力するより、どれほど効率的で簡単か。
しかしそれもプリンスの作品が新聞の販促物として十分に価値があるからこそ、出来ることだ。


マドンナの場合も、プリンスのケースと近いが、より壮大だ。
ナイン・インチ・ネイルズしろ、レディオヘッドにしろ、プリンスにしろ、いかに自分達の作品から最大限の利益を得るか、という発想をしているのに対し、マドンナは、パッケージだけでなく、ライヴやグッズ、そしてマドンナと言う記号を含め、トータルで『マドンナ』というアイコンを売った
ナイン・インチ・ネイルズレディオヘッドもプリンスも、あくまで音楽界のスターであり、そこまでの商品価値はないとも言える。
マドンナだから出来ることだ。


ちなみに、マドンナ的な発想も別に珍しいことではない。
ディズニーをはじめとするキャラクター・ビジネスや、様々なブランド、芸能事務所が日常的にやっていることだ。


まとめれば、結局、人気者のタレントが事務所を独立しました。という昔からよくある話
たまに前の事務所との軋轢で「ほされる」なんてこともあるけれど、いまはウェブで音楽の直販や宣伝が出来る時代。業界にソッポ向かれようがやっていける。
しかし、そこまでの人気と財力のあるアーティストは本当に極々一部。世界でも数えられるほどしかいない。
結局は大多数のアーティストがレコード会社に製造や宣伝、流通を担ってもらう必要がある
もちろん大きな利益の見込めるビッグネームが離れるのは経営的に痛いだろう。レコード会社はたしかに大変だ。でも全部なくなることはない。より小さく、より細く、だが残る。


一見目立つ、だが極めてレアなケースだけを取り上げて全体を論じるは、当然だが危険だ。
まあ、「音楽業界のモデルの崩壊」なんていうわかりやすくセンセーショナルな話はどんな場合も眉唾ですね。という見本です。