初音ミクが音楽業界に与える影響をリアルにシミュレーションしてみる。


http://d.hatena.ne.jp/essa/20071021/p1


この記事がとても興味深かった。が、業界の中(はしっこだけど)の人間として、そこまで壮大な話に広がるのか、なかなか実感が沸かない。
ので、初音ミクが音楽業界に与える影響(?)をなるべくリアルにシミュレーションしてみた。


まず、前提として、おそらくメジャーレコ社の制作陣の大半は、初音ミクを知らない。
もちろんあくまで推測だが、彼らは概してこの手の情報には疎い。
みんな一般のサラリーマンだから。
winnyですら知らない、知ってても漠然とした知識しかない、そんな一般人が大多数。


さて、そんなメジャーレコ社の制作陣が初音ミクを、ある日知る。
『おまかせ』観たやつがいて、「面白いものがある」とか「やたら流行ってるものがある」とかそんな情報で。
で、若いバイト君にニコニコを見せてもらって確認する。
「面白いじゃん」ととりあえず乗る。「そんなに人気あるの?」「売れると思う?」と興味を示す。テンションが上がる。
レコ社員の思考パターンの基本として、「これはリリースに繋がるか? そしてリリースしたら売れるか?」とまず考える。正しくサラリーマン。


ここで市場調査を指示。すると、ちょっとテンションの下がる結果が出てくる。
まずは予想の範囲内だが、F1F2層にはそっぽを向かれることがわかる。さらに地方では売れなさそうなこともわかる。広がりはさほどなさそうだと読む。
店頭展開では、タワー、HMVなどはまず見込めない。TSUTAYAも微妙。石丸、ヤマギワ、あとはネットが主戦場と読む。自社営業陣の得意ジャンルと比べてみる。営業は嫌がりそうだなあと予想。
しかし、ネガティヴ要素はいくつかあるが、ある程度固いセールスは見込めそうだ。タマとしてはアリ。それなりに売れるのであれば、編成会議も通る。DVDかCDか、いずれにしろ出せそうだ、と踏む。


あとは初音ミクのライセンスの使用料と曲だな、と試算。
使用料はとりあえず実際に打診して感触を確かめるしかない。
問題は曲。
既存の有名楽曲を使うことは、まず無理だ。いかにもアキバなキャラにアニメ声で歌わせるなんて、アーティストにお伺いを立てることすらはばかられる。一笑に付されるか、罵倒されるか、いずれにしろ断れるのは明らか(…これがリアルなところかと)。
じゃあ、曲は自前だな。と契約作家陣を思い浮かべる。あいつならサクッとアキバっぽいの書いてくれそうだ、とひとり思い当たる。電話する。スケジュール確認。いける。
というわけで、企画書を書く。


というのが数社で進行。
しかし外資系レコ社(4大メジャー系)では上が渋り、編成会議で一度とまる。重役たちは乗り気じゃない。彼らは警戒し、眉をひそめる。初音ミクが音楽業界の脅威だから。ではなく、そのオタクなイメージを気にして。うちのブランドに響くんじゃないの?と。ここで外資系レコ社は脱落。
…この辺の感覚もやっぱりリアルなところかと。結局マス相手のイメージ商売だし。


さて。残るはあのA社とアニメDVDの実績もある国内テレビ系レコ社数社。
同時に妄想ボイスCDをあてたインディー流通あたりも名乗りをあげる。
ライセンス交渉さえうまくいけば、その中の一社から無事リリース。
テレビではキワモノ的に、AMラジオではわりと真っ当に、店頭は秋葉原、あとはネットを中心にプロモーションをまわして、それなりの成果。
セールスもそれなり。予想通り大きな広がりはなく、期待した爆発もないが、まあまあ堅調な売れ行き。シリーズ化しようという声も上がる。


…と、そんな感じかな。
実際に売れるかどうかは別にして、音楽業界はビジネスとして当然のように初音を取り込もうとするだろうし、そうすべきだと思う。
事実、この音楽不況下に、これほど話題性とセールスを兼ね備えたタマはそうない。きっと良い商品になる。
でも、それだけだ。それ以上でもそれ以下でもない。


音楽の価値基準はひとつではない(だからビジネスとしては極めて脆弱。計算が聞かない。業績は乱高下。商売としては実にリスキー)。
一方で、初音ミクに限らず、ヴォーカロイドはプログラムである以上、ある特定の価値感に基づいて書かれるしかない。その価値観は一瞬受け入れられるが翌月には忘れられる。昨日プログレ、今日パンク、みたいな。
そうそう、パンクもヒップホップもテクノの時代時代の「音楽家」の外にいた素人たちによる挑戦だった。そんな音楽の歴史を変えたはずのアレもコレも、流行ったり廃れたり思い出されたり忘れられたりしながら、音楽の一ジャンルとして居場所を見つけてきた。
(このあたりは、ちょっと前にも書いたことだけど。http://d.hatena.ne.jp/rmxtori/20071021/p1


というわけで、現実的にはこんなふうに初音ミクは音楽業界の中で居場所を見つけるのではないでしょうか。